まるのこと
養老センセイとまる 鎌倉に暮らす
2018年3月3日放送
まるがうちに来たのは、14年前らしい。
年数はよく覚えていない。
娘が14年だというのでそれを信用しているだけである。
前の猫が死んで3年目。
前にいたチロは存在感の強い猫だったから、簡単に次の猫を飼う気はしなかった。
それに、家内があまり猫ずきではない。
でも娘がブリーダーでまるを見つけてきて、家内の外国旅行中に連れてきてしまった。
幸い家内もまるが気に入ったらしい。
おっとりしたというか、鈍い性格で、食卓に乗せても人の食べ物を食べようとしない。
前のチロはすぐに食べたから、対照的である。
口がキレイだというので、家内はそこが気に入ったという。
わたしはまるにエサをやるだけである。
まるも覚えていて、腹が空くとわたしのところに来てエサをねだる。
時間は関係がない。
一番困るのは、夜中から早朝である。
午前4時とか6時とかに寝室のドアを引っ掻く。
そのうち開け方を覚えた。ドアノブに手をかけて開けてしまう。
次にベッドまで来て爪を研ぐ。それでわたしが起きないとベッドの上に乗ったり頭の上を歩く。
それでも頑張ると顔を舐める。
今ではもう、まるがドアを引っ掻いたら、すぐに起き出してエサをやる。その方が結局は早いからである。うるさいとか、あっちいけとか言うのも面倒くさい。
猫の困った性質のもうひとつは、仕事の邪魔を好んですることである。
わたしの書斎には大きな机がある。
上に書類を広げていると、まるがやってきて、一番必要な書類の上に乗る。
乗るだけならともかく、次にゴロンと必ず寝そべる。書類は下敷き、動かせない。
パソコンに向かって仕事をしていると、キーボードの上を歩く。
余計な文字が入力されて、突然「T」の文字が100も並んでしまったりする。
外国の作家が「猫がタイプライターに乗って困る」と書いてあったが、猫の一般的性質であるらしい。誰かが注目している場所にわざわざ入って来る。
まるは7キロあるから、膝に乗せるのが容易ではない。
まるも居心地が悪いらしく、あまり膝には乗らない。その代わり机に乗るから困る。
たまに膝に乗せると、今度はパソコンを打ってる右手の上に頭と手を乗せるクセがある。
重たくて右手が動かない。
ようするに、仕事をするな。自分をかまえ、と言っているらしいのである。
仕事の邪魔といえば、猫の存在自体が、間違いなく仕事の邪魔である。
まるが来てからというもの、仕草を見ているだけで、働く気が失せる。
だって猫は一日中、食べるか寝るか、遊ぶかだから、働く時間なんか、ない。
そういう動物がそばにいると、どうしたって働きたくなくなるではないか。
なんで俺だけが働かなぁならんのか…
あなたにとって、まるって、なんですか?
今の人は、そういうことをよく聞くクセがある。
しょがないから「物差しですよ」と答える。
なんの物差しかって、生きることの物差しである。
必要なものを手に入れて、あとは寝ている。
昼間は縁側に出て外を見張っている。
別に変わったことは起きないけれど、それで十分なんだと思う。
リスが来たり、近所の野良猫が来たり、たまにハクビシンが来たりする。
その程度の変化に、気分の上だけで対応して、あとは寝るだけ。
これで十分じゃないか。東京から帰ってきて、そう感じる。
まるもわたしの顔を見ると、横になったまま伸びをする。
わたしも背中を伸ばして… それでおしまい。
お互いに生きてますなぁ… それを確認して、言葉のない会話が終わる。
それ以上、なにか言うことがありますか。
やかましい理屈を言わなくても、顔を見ていれば、それでいい。
それが猫のいる生活の、いいところじゃないかと思う。
「まいにち養老先生 ときどき まる スペシャル」で、まるが亡くなった日ことが放送されていました。
こんなに存在感どっしりの猫がいつもいた場所にいないのは、かなりキツイだろうと… 想像するだけで涙が出ます。。。
ネコメンタリーは、とても素敵な、心温まる大好きな2番組です。最初は文章だけの掲載にしようかと思っていましたが、猫ずきの方の心に、より沁みるように(テレビを見ていない方に興味を持っていただけるよに)、画面のねこさんをスマホで撮影。画像をアート風加工させていただきました。